ネイマールは、サッカー大国ブラジルが輩出した超一流のサッカー選手の一人だと言う事は誰もが知っていますね。
そんなネイマールについて、
- 幼少期はどんな子供だったのだろうか?
- 昔からサッカーの才能があったのだろうか?
- どんな人生を歩んできたんだろうか?
こんな疑問をおもちの、ネイマールの生い立ちが知りたいサッカー好きの男性向けに記事を書いていきます。
早速ですが、あなたは、ネイマールのどんなところが好きですか?
私がネイマールを好きな理由としては、人を魅了する・楽しませてくれるサッカースタイルがとても好きです!
そんなネイマールを私が知ったのは、確か、ネイマールがバロセロナに移籍したタイミングだったと思いますが、その当時は、私の息子がサッカーをやっていた訳ではないので凄い選手という事くらいしか知りませんでした。
ネイマールの事を調べだしたきっかけは、あの大舞台ロシアワールドカップでヒールリフトを使ったプレーをみて、「なんだこいつは、めっちゃ面白いじゃん!」って思うようになり、そこからネイマールに興味が出てきました。
ネイマールの生い立ちを私なりに色々調べていると、ネイマールが規格外だという事が改めて分かりましたし、実は、九死に一生を経験していたという事も分かりました!
さて今回の記事の中身は、
- ネイマールが超一流選手になるまでの壮絶な生い立ち【まとめ】
- ネイマールの書籍
この2つについて紹介していきます。
この記事でネイマールの生い立ちを詳しく知る事が出来ますが、驚くスピードでサッカー選手へと駆け上っていきました!
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ネイマールが超一流選手になるまでの壮絶な生い立ち【まとめ】
まず最初に、ネイマールのプロフィールはこちらになります。
引用元:instagram
◎ネイマールのプロフィール
本名 | ネイマール・ダ・シウバ・サントス・ジュニオール |
国籍 | ブラジル |
生年月日 | 1992年2月5日 |
身長・体重 | 175㎝・68㎏ |
家族構成 | 父親・母親・妹 |
ポジション | FW |
利き足 | 右 |
所属チーム(2021年3月) | パリ・サンジェルマンFC |
早速、ネイマールの生い立ちについて説明していこうと思いますが、生まれてから今現在までを時系列でまとめてみると、このような感じになります。
1992年2月(ネイマール誕生)
1992年6月(九死に一生の事故に遭う)
1999年(ポルトゥゲーザ・サンチスタのユースクラブ入団)
2003年(サントスFCのユースクラブに移籍)
2005年(レアル・マドリードと契約を結ぶ予定だった)
2005年(ブラジルで一躍有名人になる)
2008年(名門サントスとプロ契約を結ぶ)
2012年(南米年間最優秀選手賞に選出)
2013年(FCバルセロナへ移籍)
2017年(パリ・サンジェルマンFCへ移籍)
これを見て分かるように、ネイマールは1992年にこの世に生まれ2008年にはサッカー大国ブラジルでプロサッカー選手になってしまいます。
驚異的なスピードで超一流選手へと駆け上っていくところは、やはり常人離れしていますね。
では、それぞれの年代別について内容を説明していきます。
1992年2月(ネイマール誕生)
ネイマールは、ネイマール・ダ・シウバ(父親)とナディーン・サントス(母親)の子供で、1992年2月5日に生まれました。
ネイマールは、ブラジルのサンパウロ州モジ・ダス・クルーゼスという場所の出身者なんですが、当時この場所は、低所得者が住む地域であちこちにゴミの山があったみたいですね。
今でこそ超お金持ちのスーパースターになっていますが、幼い頃は家に明かりがなくロウソクの光で過ごすくらい貧乏だったんですよ。
1992年6月(九死に一生の事故に遭う)
私がネイマールについて調べている中で衝撃的だった事は、ネイマールが生後4か月にして九死に一生の事故に見舞われていた事です。
事故の内容は、当時ネイマールを乗せた家族が親戚の家に行く道中で、坂道でスリップした車がそのまま突っ込んで激突してしまったんです。
ネイマール一家の車の後方部は、事故の衝突で無残にも変わり果てた姿になっていたみたいですが、なんとネイマールは奇跡的に無傷だったんです!
やはりサッカー選手になれと、神様が守ってくれたのかもしれませんね。
1999年(ポルトゥゲーザ・サンチスタのユースクラブ入団)
ネイマールの父親も、かつてブラジルでサッカー選手でした。
サッカー選手を辞めてからは、色々な仕事をやっていたみたいですが、そんな父親が、幼少期時代にネイマールのサッカーに対する思いと才能を見抜きプロになる道を支援したそうです。
1999年にはブラジルのサンパウロ州サントスを本拠地とする、ポルトゥゲーザ・サンチスタのユースクラブに入団し、ここで4年間サッカーの経験を積みます!
2003年(サントスFCのユースクラブに移籍)
幼いながら才能を見抜かれたネイマールは、2003年にポルトゥゲーザ・サンチスタと同じサンパウロ州のサントスにある、名門サントスFCのユースクラブに移籍します。
日本ではあまり見られないんですが、海外では、有望な選手をどんどん引き抜きしあいます。
ユース年代で成功を収めたネイマールは、12歳の時に10,200レアル(約39万円)、14~15歳の時に24,000レアル(約128~145万円)一か月に収入があったみたいですよ!
※2004年代の1レアルは、日本円で約37.9円くらい。
※2006~2007年代の1レアルは、53.5~60.6円くらい。
高校生ながらお金を稼いでいたんですが、ブラジルはプロ契約を結んでいなくてもユース年代から選手に相応の対価が支払われます。
一方、日本では、プロサッカー選手(Jリーガー)にならなければお金は支払われる事ってないんですよね。
ブラジルみたいに日本でも引き抜きしあえる世の中になって、有望な選手にはそれ相応の対価が支払われる制度が出来れば、日本のサッカー界も変わってくるのかもしれませんね。。。
ちなみに、日本のサッカー選手の年俸についてまだ知らなければ、こちらの記事を参考にしてみて下さい。
☞ サッカー選手の年俸が日本は格安って本当か?その真相はこれだ ☜
2005年(レアル・マドリードと契約を結ぶ予定だった)
実は、ネイマールが12歳の時にビッククラブのレアル・マドリードが興味を出していて、13歳の時にレアル・マドリードからオファーを受けています!
14歳の時に一度は父親とレアル・マドリードを訪れたネイマールだったんですが、結局その当時は、ネイマール自身に移籍する気持ちが芽生えず、サントスに残留する事を決めました。
その時の動画がありましたので、こちらをご覧下さい。
それにしても、若くしてあの銀河系軍団の一員になる寸前だったと言う事は、やはりかなりの逸材だと言う事は間違いないですよね。
ネイマールに天賦の才が備わっている事が分かる記事がありましたので、こちらをご覧下さい。
2005年(ブラジルで一躍有名人になる)
ネイマールが13歳の時に、元レアル・マドリードでブラジル出身ロビーニョ選手の年末チャリティマッチに参加します。
このチャリティマッチがブラジル国内でテレビ中継された事がきっかけで、ネイマールの知名度が一気に世に知れ渡ります。
2008年(名門サントスとプロ契約を結ぶ)
ネイマールが16歳の時に所属していたサントスFCのユースからトップチームへと昇格し、プロ契約を結ぶんですが、月収はなんと、80,000レアル(約378万円)!
※2009年代の1レアルは、日本円で約47.3円くらい。
月収で日本円にして約378万円って、年収で考えると約4,536万円…。
16歳にして、日本のサラリーマンの平均年収をはるかに超えています。私たちが汗水たらして稼ぐお金って一体…(涙
余談ですが、サントスFCには、サッカーの王様であるペレを始め、ロビーニョ、日本人では三浦和良、前園真聖も所属していたチームです!
2011年(南米年間最優秀選手賞に選出)
ネイマールが19歳の時に、初めて南米年間最優秀選手賞を受賞します。
この賞は、南米のクラブに所属する選手が対象となるんですが、記者の投票によって一番活躍した選手が決まるみたいですね。
ネイマールは翌年の2012年にも、南米年間最優秀選手賞に受賞しています!
2013年(FCバルセロナへ移籍)
「テレビゲームの中にいるようだった」ネイマールがバルサ入団当初の心境を告白
ネイマールは2013年夏にサントスから加入して以降4シーズンバルセロナでプレーをしている。https://t.co/tgx7RfeV5U pic.twitter.com/0rQLvkealu
— フットボールチャンネル⚽️ (@foot_ch) July 3, 2017
2013年に所属するサントスFCからFCバロセロナに移籍する事が決定し、クラブと5年契約を結びます。
てっきり、レアル・マドリードと契約を結ぶのかと思いきや、レアルと肩を並べるバロセロナに移籍した事は、ちょっとびっくりでしたね。
この時、バロセロナがネイマールの獲得にかかった金額は、移籍金で5700万ユーロ(約74億円)、違約金で1億9000万ユーロ(約248億円)みたいですね。
もぉここまで金額が跳ね上がってしまうと、お金の感覚がよくわかりません。笑
正に破格の値段となっていますが、サッカー選手で超一流選手になれば年俸は青天井だと言う事が改めて分かりますね。
そんなネイマールですが、移籍金に見合う活躍をバロセロナでも見せ、メッシ・スアレスと共にゴールを量産していて、いつもサッカーニュースになっていました。
バロセロナ時代のネイマールの年俸は、推定700万ユーロ(約9億1,000万円)になります。
2017年(パリ・サンジェルマンFCへ移籍)
“290億円男”ネイマール、PSG加入会見「お金が目的ではない」
ネイマールがPSG入団会見に臨んだ。「お金で動いたわけじゃない。僕は自分の幸せ、家族の幸せで動く。「僕の心が、今パリ・サンジェルマンへ行くと決めた」https://t.co/WvFMTOb2DR pic.twitter.com/NwkNwU7odm
— フットボールチャンネル⚽️ (@foot_ch) August 4, 2017
FCバロセロナと契約満了を迎える前の2017年には、FCバロセロナからフランスのパリ・サンジェルマンFCへ移籍した事は、私たちの記憶の中では新しい事ですよね。
パリ・サンジェルマンFCとも5年契約を結びましたが、この時に発生した違約金は、なんと2億2200万ユーロ(約288億円)…。
とんでもない違約金がバロセロナへと払われたみたいです。
パリ・サンジェルマン時代ののネイマールの年俸は、推定3000万ユーロ(約39億円)。
今現在もネイマールは、パリサンジェルマンで大活躍中です!
ネイマールの試合は、DAZNでご覧になれます。
ちょっとした裏話
ネイマールは、父親・母親・妹と4人家族だったんですが、実は、もう一人家族がいるって知っていましたか?
ネイマール自身は結婚した事が無いんですが、2011年にダヴィ・ルッカくんという男の子を当時付き合っていた彼女との間に授かっています!
今現在は、かなり大きくなっていますよ。
ネイマール、息子に卵を投げる https://t.co/bLRqs5jwTB
— サッカーニュースQoly(コリー) (@Qoly_Live) May 28, 2020
ルッカ君の母親は、当時ネイマールと付き合っていたブラジルの女性で、カロリーナ・ノゲイラ・ダンタスさんと言います!
とても美しい女性です。
😳ネイマール息子の母に新恋人😳
ネイマールの息子の母親カロリーナ、新たな恋人の存在をSNSで公開。
バルセロナの有名シェフである。https://t.co/yNh6HuarbP#スポルト #ネイマール pic.twitter.com/Z53vr5DwBE— SPORT JAPAN (@SPORT_JAPAN) March 20, 2017
今まで数々の女性と付き合ってきた恋多きネイマールですが、今のところ結婚する様子はなさそうですね。
最後に、ネイマール自身の書籍を紹介して終わります。
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ネイマールの書籍
ネイマールは、自身の書籍を出版しているってあなたはご存じでしたか?
私は、たまたまふらっと寄った書店で見つけたんですが、一際目立つブラジルカラーで、ちょうどネイマールについて色々知りたいなと思っていたので中身を読んでみました。
読んで見ると、父とネイマールの親子の熱い絆に感動したし、親って子供に対してこうやってサポートをしてあげなければいけないんだと勉強が出来ましたね。
私自身、成長させられた本でした。
またネイマール自身についても、普段テレビ越しでは絶対に分からないネイマールの裏側(人柄や考え方)を知る事が出来、やっぱり超一流になるべくしてなった人なんだなぁという事が改めて分かりました。
これからも私は、ネイマールを応援し続けます!
もしネイマールの本に興味があれば、
実際に手に取って読んでみるとあなたの価値観が変わるかもしれません。
まとめ
今回は、サッカー選手のネイマールについて
- 幼少期はどんな子供だったのだろうか?
- 昔からサッカーの才能があったのだろうか?
- どんな人生を歩んできたんだろうか?
こんな疑問をおもちの、ネイマールの生い立ちが知りたいサッカー好きの男性向けに記事を書きました。
簡単にまとめると、
①ネイマールの生い立ちを時系列でまとめて紹介しました!
ネイマールは1992年にこの世に生まれ、2008年にはサッカー大国ブラジルでプロサッカー選手になってしまいます!
②ネイマールは「ネイマールの父の教え、僕の行きかた」という書籍を出しています!
ネイマールの普段見られない裏側や父親との絆の深さを知る事が出来ます。
以上が、今回の全ての内容になります。
若干16歳にしてサッカー大国ブラジルでサッカー選手になったネイマールですが、本当に小さい頃からサッカーが大好きで、サッカーをするという事が遊びだったみたいですね。
今では、サッカーで超お金を稼いでいるスポーツ選手にも選ばれたりしていますが、これからも私はネイマールを応援していきます。
そして私も、ネイマールの父親のように子供をサポートできるようになりたいなと思いました。
では、最後までご覧頂きありがとうございました m(_ _)m
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